『DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質【収益向上】』
プロイノベーション代表の久原健司です。
前回、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質について、生産性を上げる観点からお話ししました。今回はDXの本質の中で収益向上についてお話しいたします。
国はDXによる収益向上を狙っている
まず、2018年に経済産業省が出した「DX推進ガイドライン」におけるDXの定義を再確認すると、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」となっています。
また「DXレポート2.2」においても、国はデジタルを、省力化・効率化ではなく、収益向上にこそ活用すべきであると発信しています。つまり、無駄を減らすことよりも、売り上げを上げることに対して、力を入れている状況なのです。
皆さんはご存じかもしれませんが、省力化・効率化に関しては、DXという言葉が出てくる前からすでに取り組まれています。
たとえば製造業においては、ここ数十年間で市場の大きさはさほど変わらないものの、働く人数は約3分の2に減っているので、働く人の生産性は1.5倍に上がった計算となります。
しかしながら、日本の人口が2100年には約6,400万人から約4,600万人と、2022年の約半分以下になってしまうことが予想される中、生産性の向上だけでは限界があります。国の財政を考えると、やはり売り上げを上げ、収益を向上することに対して本腰を入れるのは当たり前かもしれません。
あるいは、DXを通じて、トヨタのように世界で活躍する企業の創出を望んでいるとも読み取ることができます。ただ、それは企業側の皆さんが何となく肌で感じているのと同じように、国としても非常に難しいことだと認識しています。
実際、国は「DXレポート2.2」において、個社単独でのDXは困難であるため、経営者自らの価値観を外部へ発信し、同じ価値観をもつ同志を集めて、互いに変革を推進する新たな関係を構築すること推奨しています。
1つの企業では資金力や技術力が厳しい場合は、複数の会社が力を合わせて取り組むことで、その問題を解決できるのではないかということです。
「デジタル産業宣言」で自らのビジョンを目指す
経営者の価値観を外部へ発信する方法として、「デジタル産業宣言」があります。
この「デジタル産業宣言」は、次の5つの項目からなります。
- ビジョン駆動
過去の成功体験やしがらみを捨て、自らが持つビジョンを目指す。 - 価値重視
コストではなく、創出される価値に目を向ける。 - オープンマインド
より大きな価値を得るために、自社に閉じず、あらゆるプレイヤーとつながる。 - 継続的な挑戦
失敗したらすぐに撤退してしまうのではなく、試行錯誤を繰り返し、挑戦し続ける。 - 経営者中心
DXは、経営者こそが牽引してはじめて達成しうるという理解のもとに、その実現に向かって全員で積極貢献する。
この中で自らのビジョンを目指すことが求められるのですが、皆さんはビジョンを明確に描くことができるでしょうか? ここから先は、DXの本質を紐解きながら、ビジョンを描くためのお手伝いをしたいと思います。
触覚、味覚、嗅覚におけるデジタル化に可能性
まずは、過去に行われたDXで収益向上が成功した事例と、その領域を紹介します。
海外の事例になりますが、わかりやすい企業としては、巨大IT企業を代表する米国の「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)や中国の「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)があります。
人が外界を感知するための感覚機能のうち、代表的な五感である「視覚」「聴覚」「触覚」「味覚」「嗅覚」のうち、視覚と聴覚に関する情報の多くはデジタル化され、その領域で新しいサービスを創出した巨大IT企業が、世界の多くの顧客を獲得しているのは皆さんご存じだと思います。
今後は触覚、味覚、嗅覚においてデジタル化が行われているといわれており、この領域で新しいサービスを創出し、世界の多くの顧客を獲得しようとしている企業は、巨大IT企業のみならず、多数存在しているのが現状です。
五感すべてをデジタル化できた前提で必要となるプラットフォームは、「仮想世界」になると考えられます。
現在、Meta(旧Facebook)が構築している仮想世界は、アナログ世界と比べるとかなりレベルの低い世界ですが、今後アナログ世界と同等の世界が構築され、すべての五感に関してデジタル化されれば、人々はほとんどの時間をその仮想世界で生活することが予想されるのです。
すでに、視覚や聴覚がデジタル化されたスマートフォンやパソコンの画面を、1日5時間以上見ていることが普通になっている人は少なくないですから、それほど的外れではないように思います。
そう考えると、ビジョンを掲げる際に、触覚、味覚、嗅覚がデジタル化された領域に特化すれば、収益向上において良いポジションを獲得できる可能性が高いのではないでしょうか。
逆に言うと、売り上げや顧客などすでにデータ化された情報から、都合の良いKPIをもとにビジョンを掲げても、収益向上に関して良いポジションを獲得することは簡単ではありません。
すでに競合他社が多く存在しているため、世界の多くの顧客を獲得するほどのサービスを構築するのは、なかなか難しいと思います。
ただ、触覚、味覚、嗅覚といったデジタル化と相性の良いのか悪いのか、まだわからない領域に関してビジョンを掲げることに対してもリスクがあり、現実的にはなかなか難しいと感じる人も多いでしょう。
すでに持っている「強み」を軸としてビジョンを描く
そこで次の一手を検討する必要があります。
2022年、トヨタ自動車やNTTなど国内企業主要8社によって設立された半導体の新会社「Rapidus(ラピダス)」をご存じでしょうか。
同社は半導体の花形部分ではなく、ロングテール部分に目を向け、少しニッチな場所に対してビジョンを描き、半導体市場の約半分のシェアを取りにいこうとしています。
日本のものづくりが世界トップクラスなのは、皆さんご存じのとおりですが、小さな箱に最適な設計をするのは日本のお家芸でもありますので、半導体を作る機械を信じられないくらい小さくすることが可能です。
機械の小型化により、これまでボトルネックであった製造から納品までの期間が飛躍的に短くなり、必要な半導体を、必要な時に、必要な量だけ供給することができます。そうすることで、在庫や経費を徹底的に減らし、半導体市場の約半分のシェアを取りにいくという狙いなのです。
これが実現できた場合、今後IoT製品が増えると予想されるので、IoT/AI関連半導体市場は2025年に約51兆円と見込まれ、経済的にかなりインパクトがあると考えられます。真新しいデータを軸にするのではなく、すでにずば抜けている強みを軸にビジョンを掲げて、DXによる収益向上を目指すのもいいでしょう。
とはいえ、全企業の99.7%を占める中小企業にとっては、このようなマクロ的視点からDXを考察してみても、どこか他人事のように感じてしまうかもしれません。
人間関係や心の動きまであらゆるものをデータ化し可視化
ここから先は、中小企業の方でもビジョンを掲げるのに十分に活用できる観点でお話しします。もちろん、大企業の方でも十分に活用できる内容となっています。
皆さん、「GIGAスクール構想」という言葉を聞いたことがありますでしょうか?
これは、文部科学省が提唱する「児童生徒向けの1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、多様な子どもたちを誰一人取り残すことのなく、公正に個別最適化された創造性を育む教育を、全国の学校現場で持続的に実現させる構想」のことです。
現在は、児童生徒の教育データを取得して、それぞれの子に合った学習教材を提供する取り組みが行われています。
そもそも、これまで日本での教育データは、個々の学校内部では蓄積されていましたが、外部での活用はされていませんでした。
それに比べて先進国での教育データは、個々の学校内部で蓄積するだけではなく、次の教育機関へ引継ぎを行うことが一般的に行われており、個別に最適化された学びを提供することが当たり前となりつつあります。
現時点では、成績に関わるテストの点数を上げるために、個別最適化された学びを提供する、ミクロ的な視点での活用です。
一方、クラス内のチャットでのやり取りを見れば、どの生徒とどの生徒が仲が良いとか悪いとか、ポジティブな印象やネガティブな印象を持っているかがわかり、人間関係が見えてくると予想されます。
そのようなデータが可視化されれば、イジメられている生徒や、心が沈んでしまっている生徒に対して、初期段階で対応できるかもしれません。人間関係や心の動きがデータ化されることにより、マクロ的サービスへ発展する可能性があるのです。
また、ドーパミン、オキシトシン、セロトニンといったホルモンの量をセンサーで測定しAIが解析すれば、心の状態をある程度判定できるという研究結果もあります。
このように、ありとあらゆる個人のデータをつなげることで、新しい価値を創出することが可能と考えられます。
したがって、企業はあらゆるものをデータ化し、それを自社で囲い込むのではなく、惜しげもなく他社でも使えるように提供することは、DXによって収益向上を行う、プラットフォーム構築の手段となるのではないでしょうか。
簡単に他社のデータが手に入るようになれば、他社のお客さんが何に困っているかわかるようになり、それを自社の商品やサービスで解決できるようになります。ユーザーにとっては、何か困ったことが発生した初期段階で、問題解決の手段を提案してくれるわけです。
さらに、必要な商品やサービスを、必要な時に、必要な量だけ供給すると、収益向上だけではなく、在庫や経費を徹底的に減らすことも可能になります。
情報の民主化がDX加速の鍵
具体的には、たとえば、このようなアイデアがあります。
傘は、雨の日にはないと困るけれども、晴れていると邪魔になるものです。傘自体を持つことは目的ではなく、「雨に濡れない」という機能さえあればいいので、雨が降った時だけ、頭の上にドローンが来て傘を差してくれるといったサービスがあれば、便利ではないでしょうか。
あるいは、最近はさまざまなサブスクリプションサービスが人気ですが、知らない国の名店の料理が、毎月ランダムに送られてくるようなサービスがあったら、面白いのではないでしょうか。
それには飲食店同士の横のつながりが欠かせませんし、顧客管理や情報の民主化も必要になります。それらをITで実現できれば、人々に新しい感動を提供できる可能性が生まれてくるのです。
そのためには、顧客のリストや情報を自社で囲い込み、過去に成功体験をしてきた企業が、顧客の囲い込みをやめ、デジタル産業の発展に対して協力を行う必要があります。中国が急速にデジタル化によって経済を発展できた理由のひとつとして、「個人のデータを国に提供するのが当たり前」という考え方があったことは否定できないでしょう。
そう考えると、コロナ過の給付金をわずか1週間で配った、インドが世界に誇るオープンAPI「インディア・スタック」のような仕組みのもと、データを安全に活用できるプラットフォームを、日本でも用意できれば、DXを加速させることができるかもしれません。
日本ではマイナンバーカードを中心に、あらゆるデータが管理できれば、さまざまな企業がジャスト・イン・タイムで、その人にとって必要な商品やサービスを、必要な時に、必要な量だけ供給することが可能になり、DXでの収益向上が行われると考えられます。
台湾の天才IT大臣オードリー・タンさんが「ITは機械と機械をつなぐ。デジタルは人と人をつなぐ」と言っていましたが、このような価値観を持つ同志を集めて、互いに変革を推進する新たな関係が構築できれば、本来のDXに少し近づき、ひいては、国が豊かになるほうへ向かっていけるのではないかと信じています。
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