第2章: 仕事を最小単位に切り分ける
CC Company(シーシーカンパニー)を立ち上げたとき、9つの部署を作りました。秘書室、マーケティング、開発、経理、営業など、まずは必要そうなものを並べた形です。組織図はそれらしく見えました。その後、法務やコンサルティングなど運用しながら部署を増やし、現在は15部署になっています。しかし、立ち上げ当初にまともに動いていたのはマーケティングのnote記事作成くらいでした。
原因は単純です。当時は秘書に「市場調査お願い」「売り上げを上げる施策を考えて」と、やりたいことをただ話しかけていただけでした。それでどうにかなるだろうと思っていたのです。人間の社員なら「具体的に何をすればいいですか?」と聞き返してくれます。しかしAI社員は、曖昧な指示でも「わかりました」と引き受けて、それっぽい何かを出してくる。結果、的外れな成果物が量産されていました。
動いた2つの業務には共通点がありました。「記事のテーマ選定→構成→執筆→品質チェック」「契約書の条文を1つずつ確認する手順」のように、やることが具体的に書き出されていたのです。AI社員の育成は、まず「自分が何をしているか」の地図を作るところから始まります。
あなたの現在地を確認する
業務の分解に入る前に、あなたの現状をチェックしてみてください。
- AIに「○○をお願い」と頼んだら、期待と全然違うものが返ってきたことがある
- 「マーケティングやって」「営業資料作って」のような大きな指示を出したことがある
- 自分の業務を他人に説明しようとして、うまく言葉にならなかった経験がある
- AIに任せたい仕事はあるが、「何を」「どこまで」任せるか決められていない
- 部下や外注先に仕事を頼むとき、説明に毎回時間がかかる
- 自分の仕事の全体像を一覧で書き出したことがない
- 業務を分けようとしたが、細かくしすぎてキリがなくなったことがある
チェックが0個の方: すでに業務が言語化・構造化されています。この章で「AI社員に合った粒度」を確認すれば、すぐに配置に進めます。
チェックが1〜3個の方: よくある状態です。業務を「棚卸し」する手順を知るだけで、一気に前に進めます。
チェックが4個以上の方: まさにこの章が必要な段階です。焦らなくて大丈夫です。棚卸しの作業自体をAI社員に手伝ってもらう方法をこの後お伝えします。
自分の業務を棚卸しする
「あなたの仕事は何ですか?」
こう聞かれたとき、多くの人は肩書きや職種で答えます。「マーケティングです」「営業です」「経理をやっています」。これは人間同士の会話としては十分な回答です。しかし、AI社員に仕事を教えるとなると、この粒度ではまったく足りません。
引っ越しを想像してみてください。引っ越し業者に「引っ越しお願いします」とだけ伝えても、作業は始まりません。「荷造りはどこまで依頼するか」「大型家具の分解は必要か」「新居の配置はどうするか」。結局、具体的に何をやるかを決めなければ、プロでも動けないのです。AI社員も同じです。「マーケティングをやってください」は、「引っ越しお願いします」と同じくらい曖昧な指示なのです。
文脈に「マーケティング」とだけ書いてあれば、一般的な教科書に載っているようなマーケティングの概論を出力します。あなたの会社のマーケティングが何を指しているのかは、AIには分かりません。「うちのマーケティングは週3回のnote記事投稿とSNS展開が中心で、ターゲットは中小企業の経営者」と書いて初めて、AI社員はあなたの仕事を理解できます。
だからこそ、「自分の仕事を具体的に書き出す」という棚卸しが、AI活用では必須の前工程になるのです。人間の社員なら「やりながら覚えて」で成立しますが、AI社員には「やる前に全部書いて渡す」が前提です。
これは感覚的な話ではなく、研究でも裏付けられています。認知心理学者ジョン・スウェラーの「認知負荷理論(Cognitive Load Theory)」によれば、複雑なタスクは小さな単位に分割して順番に処理した方が、全体を一度に処理するより正確な成果が出ます(スウェラー, 1988)。人間の脳でもそうなのですから、AIに大きな塊をまるごと投げて期待通りの結果を得るのは、もっと難しいのです。
棚卸しの手順
やり方はシンプルです。ただし、「1週間の仕事を全部書き出してください」と言われたら、多くの方は「そんな時間はない」、あるいは「時間があっても全部書き出すなんて現実的じゃない」と思うでしょう。正直に言えば、手作業でやろうとすると本当に大変です。
そこで、この棚卸し自体をAI社員に手伝ってもらうのがおすすめです。
CC Companyでは、秘書のAI社員に「活動ログの記録」という業務を任せています。オーナー(人間)が作業をするたびに、秘書が「何をやったか」「どんなツールを使ったか」「成果物は何か」を日付ごとに記録していきます。1週間これを続けるだけで、業務の棚卸しに必要な情報が自然と溜まります。
ただし、これには前提があります。仕事の指示や相談を、必ずAI社員の秘書を経由して行うことです。いつも通りのやり方ではなく、「何かやるときはまず秘書に話しかける」を習慣にする。そうすれば、秘書が自動的に記録を取ってくれるので、棚卸しのために特別な時間を確保する必要はありません。
ステップ1: AI社員に1週間の行動ログを記録してもらう。
AI社員に「今日やった作業を記録して」と頼むだけで構いません。メールを書いた、会議に出た、資料を作った、請求書を確認した、SNSに投稿した、部下の相談に乗った、など、大小を問わず記録してもらいます。AI社員がまだいない段階であれば、チャットAI(ChatGPT(チャットジーピーティー)やClaude(クロード))に「今日の作業を箇条書きにまとめたいので、私が話す内容を整理してください」と頼む形でも十分です。
このとき大事なのは、「やるべきこと」ではなく「実際にやったこと」を記録することです。理想の業務リストではなく、現実の行動ログを取ります。よくあるのが、「本来やるべきこと」をリストアップして満足してしまうパターンです。しかし、実際にやっていることと、やるべきだと思っていることにはズレがあるものです。そのズレこそが、AIに任せられる業務を見つけるヒントになります。
ステップ2: カテゴリに分ける。
書き出したリストを眺めると、自然とグループが見えてきます。5〜10個のカテゴリに分かれるのが一般的です。
ステップ3: 各カテゴリの「目的」と「成果物」を定義する。
ここが最も重要なステップです。各カテゴリについて、以下の2つを言語化します。
- 目的: なぜこの仕事をしているのか
- 成果物: この仕事が完了したとき、何ができあがっているのか
目的と成果物が明確になっても、正直なところ「で、どこをAIに任せればいいの?」とはすぐに見えてきません。研修で企業の方にこの棚卸しをやってもらうと、ほとんどの方がここで止まります。見えてこなくて当然です。判断基準がまだないからです。
ここでは1つだけ覚えてください。「毎回同じ手順で、同じような成果物が出る業務」がAI社員に向いています。 マッキンゼー(McKinsey)の調査(2023年)では、定型的なデータ処理や文書作成の業務はAIによる自動化のポテンシャルが最も高く、対面コミュニケーションや高度な意思決定を要する業務は低いことが報告されています。要するに、人との信頼関係で成り立つ仕事、感情的な文脈を読む必要がある仕事、状況ごとに高度な判断が変わる仕事は、まだ人間がやるべき領域です。顧客との関係構築や、クレーム対応の温度感の見極め、社内の根回しなどがこれにあたります。目的と成果物を書き出すのは、この仕分けをするための準備です。
川島さんの場合、「事務全般」を棚卸ししたら、請求書の発行、経費精算、顧客リストの更新、問い合わせメールの一次対応、会議の日程調整の5つに分かれました。このうち「問い合わせメールの一次対応」は定型パターンが多く、最初にAI社員に任せる業務として選ばれました。「事務全般」のままでは何も進みませんが、分解すると「ここから始めよう」が見えてきます。
意味のある最小単位に分解する技術
業務の棚卸しができたら、次はそれをさらに細かく分解していきます。
ただし、ここに落とし穴があります。分解しすぎてはいけないのです。
川島さんも最初はこの罠にはまりました。「問い合わせメールの一次対応」をAI社員に任せるにあたって、手順を書き出し始めたのです。「メールを開く」「差出人を確認する」「件名を読む」「本文を読む」「返信の要否を判断する」「テンプレートを選ぶ」「宛名を入力する」……。あっという間に20ステップを超えました。「こんなに細かく書かないとダメなの?」と途方に暮れたそうです。
実は、そこまで細かくする必要はありません。「メールを開く」「差出人を確認する」はAI社員にとっては一瞬で終わる基本動作です。わざわざ手順化する意味がない。本当に書くべきだったのは、「問い合わせ内容を4つのカテゴリに分類する」「カテゴリごとに対応テンプレートを選ぶ」「判断に迷う場合は上長にエスカレーションする」の3つだけでした。20ステップが3ステップになった瞬間、川島さんは「あ、これなら書ける」と感じたそうです。
では、どのくらいの粒度が適切なのか。私は、「思考の最小単位」 で考えるとうまくいくと感じています。
どういうことか。「私は○○の専門家です」と名乗れて、そこから仕事が発生する単位です。「メールマーケティングの専門家です」と言えば、何をすべきか自分で考えて動けます。しかし「送信ボタンを押す専門家です」とは誰も名乗りません。それは行動であって、思考ではないからです。
実際に雇うなら、「メールマーケティングの担当者」「SNS運用の担当者」「コンテンツライター」「データ分析の担当者」。このくらいの粒度ではないでしょうか。それぞれが「私はこの分野の専門家です」と名乗れて、独立した思考と判断で成果物を出せる範囲。これが「意味のある最小単位」です。
実例で見る分解
CC Companyで「マーケティング」というカテゴリは以下の5つの単位に分解されました。
- note記事の執筆: テーマ選定から構成、執筆、品質チェックまでを一貫して行う
- SNS投稿文の作成: X(エックス)、Facebook(フェイスブック)、Threads(スレッズ)それぞれのプラットフォームに合わせた投稿文を作る
- ネタの事前評価: 記事にする前に「このテーマは書く価値があるか」をスコアリングする
- 投稿フローの管理: 記事の下書きから投稿、SNS展開までの進捗を追跡する
- パフォーマンス分析: 公開した記事のPV(Page View:閲覧数)・スキ数・流入元を測定し、次の施策に活かす
最初からこの5つだったわけではありません。当初は「マーケティング担当」という1人のAI社員に全部任せていました。すると、記事の品質は60点台をうろうろし、SNS投稿文は記事の要約をコピペしただけ、分析は「PVが増えました」という感想文が返ってくる状態でした。5つに分けた途端、記事の品質は80点台に上がり、SNS投稿文はプラットフォームごとに最適化されるようになりました。
この分解がAI社員にとって特に重要な理由があります。第1章で紹介したAttention機構(アテンションきこう:AIが情報のどこに注意を向けるかを決める仕組み)を思い出してください。AIは、与えられた情報の中から「今の作業に関係がありそうな部分」に注意を集中させます。1人のAI社員に5つの業務を同時に持たせると、マニュアルに書かれた5つ分の情報の中からどこに注意を向けるべきかが曖昧になります。結果として、どの業務も60点の中途半端な品質になりがちです。一方、「あなたは記事の執筆だけをやる人です」と1つに絞れば、AI社員の注意はその1つに集中し、品質が安定します。この「専門分化」の考え方は第7章で詳しく解説しますが、その前提となるのがここでの「分解」です。
分解も配置も、秘書に任せればいい
ここまで読んで、「業務を分解して、専門家を配置して、それぞれにマニュアルを書いて……そんなことをやっている時間がない」と感じたかもしれません。
安心してください。これらの作業自体を、AI社員にやってもらえばいいのです。
CC Companyでは、オーナーが直接やり取りするのは基本的に秘書のAI社員だけです。「マーケティングの仕事を分解して、専門家を配置してほしい」と秘書に伝えれば、秘書が業務を分析し、必要な専門家を提案し、それぞれの育成マニュアルまで用意してくれます。専門家への指示も秘書が代行します。オーナーがやることは「秘書に方針を伝える」、それだけです。
しかも、その指示はキーボードで打つ必要すらありません。私自身はパソコンでVS Code(ブイエスコード:プログラマーがよく使うエディタ)を立ち上げ、その中でClaude Code(クロードコード:AIと対話しながら作業を進めるためのツール)に向かってAqua Voice(アクアボイス:音声入力アプリ)でしゃべるだけで指示を出しています。「今日の記事のテーマはこれで、こういう方向性で書いて」と話しかける。秘書がそれを受け取り、適切な専門家に振り分けて作業を進めてくれます。
「分解」「配置」「マニュアル作成」といった仕組みづくりの作業を、人間が一つひとつ手作業でやる必要はありません。 仕組みを作る作業そのものをAI社員に任せる。これがAI社員を「育てる」ということの実態です。あなたがやるのは、ゴールを決めて、方針を伝えて、出てきた成果物を確認すること。仕組みづくりの大部分は秘書と専門家が動いてくれますが、最終的な判断と確認は人間の仕事として残ります。
分解の見極めかた
正しい粒度で分解できているかを確認するには、次の3つの問いが役立ちます。
- この単位だけで、独立した成果物が出せるか? 出せないなら、粒度が細かすぎます。
- この単位の中に、まったく異なる専門性が混在していないか? 混在しているなら、もう一段階分解できます。
- この単位を誰かに丸ごと委任できるか? 「ここからここまでお願い」と言えるなら、適切な粒度です。
規模に応じた実践
この「分解して配置する」という考え方は、スケールを問わず適用できます。
個人で始めるなら
まずは自分の業務を3〜5つの役割に分けるところから始めます。たとえば営業部門の管理職なら、「私は営業担当でもあり、部下の指導役でもあり、報告書の作成者でもあり、顧客対応の窓口でもある」と認識するわけです。
個人の場合、最初は3つくらいから始めるのが現実的です。自分の仕事のうち、最も時間を取られている3つの役割にAI社員を配置する。それだけでも、大きな変化を実感できるはずです。
チームに広げるなら
5〜10人のチームであれば、チーム内の業務分担がすでにある程度できているはずです。ここでのポイントは、AI社員は人間の担当者を「置き換える」のではなく、担当者の「部下」として配置するということです。人間が判断し、AI社員が実行する。この体制が、チーム規模では最もうまくいきます。
組織で展開するなら
大きな組織では、事業部→部署→担当という階層構造に沿ってAI社員を配置していきます。CC Companyでは1人で15の部署を持つ仮想的な会社組織を構築しました(立ち上げ当初は9部署でしたが、運用しながら必要な部署を増やしていきました)。結論から言うと、組織構造としては構築できました。ただし、正直なところいまだに使いこなせているとは言えません。15部署の全ての業務を私自身が行っているわけではなく、担当部署の担当社員が動いています。そうなると、各部署の仕事の中身を全て把握しきれないのです。構造を作ることと、その構造の中で何が起きているかを把握することは、別の問題でした。
スケールに共通する原則
- まず全体を俯瞰し、次に分解する。 いきなり細部から始めない。
- 意味のある最小単位で切る。 細かすぎず、大きすぎず。
- 各単位に「目的」と「成果物」を定義する。 これがないと、AI社員は動けない。
コラム: 棚卸しをAIにやらせたら、自分の仕事が初めて見えた
CC Companyで業務改善の仕組み(work-optimizer)を作ったときの話です。
きっかけは、研修でよく受ける質問でした。「AI活用を始めたいけど、何を任せればいいかわかりません」。この質問、実は答えるのが難しい。なぜなら、相手自身が「自分が何をやっているか」を正確に把握できていないからです。
そこで、AI秘書にヒアリング役をやらせてみることにしました。「あなたの仕事を教えてください」とAI秘書が聞き、相手が答える。秘書はその内容を整理し、カテゴリに分け、それぞれについて「これはAIに任せられそうか」を判定する。
最初のテストは私自身でした。「講演資料を作っている」と答えたら、秘書が「講演資料の何をやっていますか?」と深掘りしてきました。「えーと、業界のリサーチをして、ペルソナを考えて、構成を決めて、スライドを作って……」と答えていくうちに、6つの業務に分解されました。
驚いたのは、自分が一番時間をかけていたのが「業界リサーチ」だったことです。 漠然と「講演資料作り」だと思い込んでいたものの、実態は調べ物に大半の時間を費やしていた。しかも、その調べ物こそAI社員が最も得意とする領域でした。
この経験から気づいたことがあります。「何をAIに任せればいいかわからない」のは、知識の問題ではなく、言語化の機会がなかっただけだったということです。AIの機能一覧を見せても「で、どうすれば?」となる。しかし秘書に「あなたの仕事を聞かせてください」と聞かれたら、誰でも答えられます。答えた内容をAIが整理すれば、棚卸しは自然と完成する。
「AIに何ができるか」を学ぶより、「自分が何をしているか」を言葉にする方が先。回り道に見えて、結局それが一番の近道でした。
LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)知識: 人間がAIに指示を出すのではなく、AIに指示を出してもらう
仕事を分解する際に、もう1つ知っておくと役立つ視点があります。それは、「人間が指示を出してAIが作業する」という常識を逆転させるという視点です。
CC Companyでは、当初AI社員に「スライドを作って」と指示していました。出来上がったのは「中学生の発表資料」レベル。色使いはチグハグ、レイアウトはガタガタでした。
そこで発想を変えました。AIに最終成果物を作らせるのではなく、AIに「こう作ってください」という指示書を作ってもらうことにしたのです。「次のスライドはこの構成で、このデータを使い、この順番で説明してください」とAIが指示を出し、人間がその指示に従ってテンプレートで仕上げる。いわば、AIが上司で、人間が部下のような関係です。
これは直感に反するかもしれません。普通はAIに指示を出すものだと思いますよね。しかし実際にやってみると、AIは「何をどの順番でやるべきか」の設計が得意で、人間は「見た目を整える」「微妙なニュアンスを調整する」といった仕上げが得意です。この組み合わせで、一人では作れないクオリティの成果物が完成しました。
これを「久原式 逆転の役割分担」と呼んでいます。仕事を分解するとき、「全部AIに作らせる」と考えるのではなく、「AIに設計と指示を出してもらい、人間が手を動かして仕上げる」と役割を分けてみてください。詳しくは第12章で解説します。
仕事を分解し、AI社員に任せる単位が見えてきました。しかし、AI社員には人間とは異なる「癖」があります。この癖を知らずに任せると、仕組みが思い通りに動かないことがあります。