第15章 | AI社員の育て方

第15章: AI社員に「提案させる」仕組みを作る

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以下の問いに答えてみてください。

全部チェックが付いた方: すばらしい。AI社員が「組織として考える」段階に到達しています。この章では、あなたの仕組みの裏にある設計思想を学術的に裏付けます。

1〜3個の方: AI社員は動いているが、まだ「指示されたことをやる」段階に留まっています。この章で「提案する組織」への転換方法を学びましょう。

チェックがゼロの方: まだ第7章(専門家を育てる)や第10章(タスクを閉じる)の段階かもしれません。まずはそちらを実践してから、この章に戻ってきてください。


秘書と2人で考えていたら、同じ答えしか出なかった

CC Company(シーシーカンパニー)の仕組みがひと通り動き始めた頃、「書籍の売り方を考えよう」と秘書に壁打ちを持ちかけました。

秘書は優秀です。noteの記事を体験談として小出しにする案、講演で配布する案、SNSで認知を広げる案。1時間近く議論して、それなりにまとまった戦略が出来上がりました。

でも、なんだか物足りない。

マーケティング的にはどうなんだろう。営業チャネルを使えないか。競合の書籍はどうやって売っているのか。聞きたいことはたくさんあるのに、秘書から返ってくるのは「秘書の視点」だけ。当たり前です。秘書は秘書であって、マーケターでもなければ営業マンでもない。

これ、あなたの職場でも心当たりがありませんか。

月曜朝の会議で「来月のキャンペーンどうする?」と聞いたら、営業も企画も総務も、口を揃えて「SNSで宣伝しましょう」。川島さんの会社でも同じことが起きました。3人の部下に「新商品の売り方を考えて」と投げたら、3人とも「ターゲットを絞って差別化しましょう」。同じ景色を見ている人に聞いても、同じ答えしか返ってこない。

そのとき、ふと気づいたのです。

うちの会社、各部署いるじゃん。

CC Companyには15部署のAI社員がいます。マーケティング部にはnoteの分析データがある。営業部には講演パイプラインのデータがある。リサーチ部には市場調査の知見がある。それなのに、書籍の売り方を秘書と2人きりで考えていた。人間の会社に例えると、社長室で秘書と相談だけして、各部署には一切聞いていない状態です。

ここから、AI社員に「提案させる」仕組みの実験が始まりました。


v1: 全部署のWeb検索が全滅した日

「書籍の売り方について、各部署から提案してほしい」。テーマを決めて、マーケティング・営業・コンサルティング・リサーチの4部署に同時に投げました。各部署は自分の専門分野から分析し、Web検索で外部事例を探し、提案をまとめる。秘書が統合レポートにして、別のAI(Codex CLI(コーデックスシーエルアイ:コマンドラインで動くAIレビューツール))がレビューする。そういう設計です。

結果、見事に失敗しました。

まず、Web検索が全部署で動かなかったのです。「外部事例を探してきてください」と指示したのに、誰も外部情報を持ってこない。原因を調べたら、AI社員がWeb検索ツールを使う権限が設定されていなかった。「やっておいて」と指示だけ出して、その仕事をやるための道具を渡していなかったのです。人間の会社で言えば、出張を命じておいて交通費の申請方法を教えていないようなものです。

さらに問題がありました。Web検索が使えないまま提案を出した4部署の中身を見ると、全員が似たようなことを言っている。「SNSで宣伝しましょう」「ターゲットを絞りましょう」「差別化が大事です」。マーケティング部も営業部もコンサルティング部も、一般論ばかり。専門性がまったく感じられない。

AI社員に「あなたの専門性で語ってください」と明示していなかったのです。指示がないと、どの部署も無難な正論を言う。これはAIの性質の1つです。第3章で学んだ「人に合わせすぎる」、つまりSycophancy(サイコファンシー:迎合)の一種と言えます。指示者が喜びそうな無難な答えを返してしまう。


「あなたの部署の武器で戦ってください」

v1の失敗から学んだのは、「各部署は、自分の専門分野でのみ発言する。他部署の領域には口を出さない」というルールの必要性でした。

なぜこれが重要なのか。ジェームズ・スロウィッキー(James Surowiecki)は著書『The Wisdom of Crowds』(群衆の知恵)(2004年)で、集団の判断が個人を上回るための条件を4つ挙げています。多様性、独立性、分散化、そして集約メカニズム。つまり、異なる専門性を持つ人が、互いに影響されずに独立して考え、それを1つにまとめる仕組みがあるとき、集団の判断は驚くほど正確になる。

CC Companyのv1は、この条件をどれも満たしていませんでした。全員が同じ一般論を語り(多様性なし)、既存の戦略書を参照させたせいでそこに引きずられ(独立性なし)、集約も「並べただけ」(集約メカニズムなし)。

そこで、各部署への指示を変えました。

マーケティング部には「noteのデータ、SNSのアルゴリズム、コンテンツ戦略の視点からのみ発言してください。営業や技術の話は他部署に任せてください」。営業部には「講演パイプライン、仲介会社との関係、価格設計の視点で。マーケの話は禁止」。リサーチ部には「市場データ、学術論文、海外事例に絞ってください」。

さらに、既存の戦略書を渡さず、白紙の状態から考えさせました。「ゼロベースモード」と名付けた使い方です。固定観念がないぶん、各部署が自分のデータだけを頼りに考える。

すると、提案の質が劇的に変わりました。

マーケティング部は「noteのアナリティクスデータから、体験談カテゴリの記事が最もスキ率が高い。書籍の内容を体験談として小出しにすれば、note読者を書籍購入者に転換できます」と、自分が管理しているデータから発言する。営業部は「講演先の経営者が最も興味を持つのは実践事例。書籍を講演の配布資料として使えば、講演単価を上げる材料になります」と、既存の営業チャネルの視点で語る。リサーチ部は「自社の実践をコンテンツ化して書籍にし、そこからコンサルティング事業に発展させた海外事例があります」と外部の世界を持ってくる。

一般論を言い合う会議と、専門家が自分の武器で戦う会議は、結果がまったく違います。


専門性ルールを入れた次の課題は、Web検索の問題でした。技術的には、設定ファイルに「Web検索」と「Web取得」の2つの権限を追加するだけ。たった2行の変更です。

しかし、この2行の有無で提案の質がまるで変わります。

Web検索なしのAI社員は、社内データだけで提案を作ります。「うちのデータではこうです」という分析は出るが、「世の中ではこういう事例があります」という広い視点が出ない。たとえるなら、社内資料だけ読んで企画書を書く社員と、競合の動きや業界レポートまで調べてから書く社員の違いです。どちらが経営者にとって役に立つかは明白ですよね。

権限を追加してv2を実行したら、提案に奥行きが生まれました。マーケティング部が「体験談カテゴリの記事が最もスキ率が高い」と自社データを出しつつ、外部の出版マーケティング事例も添える。営業部が「講演1件30万円なので、仲介会社に書籍を送る費用対効果は高い」と計算しつつ、書籍を営業ツールとして活用した外部事例を持ってくる。

ただし、v2でもまだ全部署で安定してWeb検索が動かなかった。「調べてきてね」という曖昧な指示だと、AI社員が検索ツールを使わずに手持ちの知識で答えてしまうことがあるのです。

v3では、指示を「WebSearch(ウェブサーチ:Web検索)ツールを使って外部事例を探してきてください」と具体的に変えました。道具の名前を明示する。これだけで、全部署のWeb検索が安定しました。

ここにも教訓があります。AI社員への指示は、「いい感じに調べておいて」では動かない。人間の新入社員に「ネットで調べて」と言ったら何となくGoogle検索するかもしれませんが、AI社員には「このツールを使って、この視点で探してきて」まで言う必要がある。第4章で学んだ「覚えておいて」ではなく「ここに書いてある」にする原則と同じです。


v3: 4部署全員が同じ結論を出した瞬間

v3で全部署のWeb検索が成功し、ようやく完成形に近づきました。

4部署から上がってきた提案を秘書がまとめたとき、驚いたことがありました。

4部署全員が、同じ結論を出していたのです。

「書籍は印税で稼ぐ商品ではなく、信頼を構築して仕事の依頼につなげるためのツール」。マーケティング部はコンテンツ戦略の視点から、営業部は費用対効果の視点から、コンサルティング部はクライアント獲得の視点から、リサーチ部は市場分析の視点から。専門分野がまったく違うのに、全員が同じ方向を向いていた。

これは先ほど紹介した「群衆の知恵」の条件が揃ったということです。多様な専門性(多様性)、他部署の影響を受けない指示設計(独立性)、各部署が自分のデータを参照する構造(分散化)、秘書が統合レポートにまとめる仕組み(集約メカニズム)。4つの条件が揃った結果、バラバラに考えたはずの4部署が同じ結論に収束した。もし1人のAI社員に聞いていたら、「たぶんそうだと思います」という1つの意見しか得られなかった。4部署が独立して同じ答えを出した事実こそが、その方向性の確度を裏付けています。

一方で、各部署にしか出せない独自の提案もありました。コンサルティング部は、自社の実践を書籍化してコンサルティング事業に発展させた海外の構造パターンを見つけてきた。リサーチ部は、電子書籍のカテゴリ選定で勝てる市場分析を持ってきた。これらは、秘書との1対1の壁打ちでは絶対に出てこなかった情報です。

ここで注意すべきことがあります。AI社員は存在しない情報をもっともらしく作り上げることがあります(第3章で学んだHallucination(ハルシネーション:もっともらしい嘘)です)。CC Companyの提案レポートでも、外部事例として人名やサービス名が挙がりますが、URLが付いていないことがあります。実在する人物名とまったく違う活動内容を紐付けてくることもある。提案の中に外部事例が含まれていたら、鵜呑みにせず、自分で検索して裏を取る習慣が必要です。


秘書がまとめ、第三者が穴を見つける

各部署から提案が出揃ったら、次のステップは「統合」です。4つの部署がそれぞれ3つずつ提案を出したら、12個の提案があります。これをそのまま並べても、判断するのは大変です。

ここで「秘書」の役割が生きてきます。CC Companyでは、秘書が全部署の提案を1つのレポートにまとめます。ただ並べるのではなく、3つの視点で分析します。

共通して指摘された点。 複数の部署が同じことを言っていたら、確度の高い指摘です。書籍の売り方ブレストでは4部署全員が「書籍は信頼構築ツール」と一致しました。

各部署の独自視点。 他部署には出せなかった、その部署だからこそ言えた提案。営業部にしか出せない「既存の講演チャネルを活用する」視点。リサーチ部にしか出せない市場分析。これが提案の最大の価値です。

部署間で意見が分かれた点。 たとえば、出版形態についてリサーチ部は電子書籍出版を前提に設計していたのに対し、営業部はnote先行で考えていた。価格についても、営業部は「安すぎると信頼されない」、リサーチ部は「認知拡大なら安くてよい」。こうした対立点は、経営者であるあなたが判断すべきポイントです。AI社員が答えを出すのではなく、あなたが判断するための材料を整理する。これが「提案→承認」モードの本質です。


しかし、秘書のまとめだけで十分でしょうか。

CC Companyでは、統合レポートが完成した後に、第三者レビューを入れています。レポートを作った秘書とは別のAI(Codex CLI(コーデックスシーエルアイ:コマンドラインで動くAIレビューツール))が、レポート全体を読んでレビューする。第9章で学んだ「実行者と検証者を分ける」原則の応用です。

第10章でも紹介したデュら(Du et al.)の研究が示すとおり、複数のAIに互いの回答をレビューさせると、事実の正確さと推論の精度が向上します。1つのAIが見落とした矛盾や飛躍を、別のAIが指摘できるのです。

実際、CC Companyの書籍販売戦略ブレストでは、Codexレビューからかなり厳しい指摘が返ってきました。「方向性は妥当だが、売り方のアイデア集に留まっており、受注導線としてはまだ粗い」。さらに、秘書のまとめでは触れられていなかった4つの見落としが指摘されました。「読者がこの人に頼む理由の明文化」「書籍を読んだ後に次のアクションにつなげる導線」「実績不足を補う証拠設計」「企業向けと個人向けの切り分け」。

さらに、営業部が「30分診断」、コンサルティング部が「90分診断」と、入口商品の定義がぶれていることも指摘されました。同じ会議に出ていた4部署が気づかなかった矛盾を、会議に参加していない第三者が見つけた。自分たちで考えた提案の穴を、別のAIが見つけてくれる。この構造が、提案の精度を上げています。


規模ごとの始め方: 個人・チーム・組織

「うちは15部署もないし…」と思った方、安心してください。この仕組みは小さく始められます。

個人: まずは「2つの視点」から。

川島さんはここから始めました。新商品の企画を考えていたとき、AI社員に「マーケティング担当として、この商品の売り方を提案してください」と聞いた。次に「営業担当として、同じ商品の売り方を提案してください」と聞いた。同じテーマなのに、まったく違う角度の提案が出てきた。マーケ視点は「SNSでの認知拡大」、営業視点は「既存顧客への紹介」。「なるほど、この視点は自分にはなかった」と感じたら、それが専門家を分けて提案させる仕組みの第一歩です。

チーム: 3つの「役割」を決めて提案させる。

たとえば新商品を検討するなら、「顧客視点で考えるAI」「コスト視点で考えるAI」「リスク視点で考えるAI」の3つ。同じAIに役割を切り替えて聞くだけでも構いません。ポイントは、1回の相談で複数の視点が揃うこと。週1の定例ミーティング前にこれを回せば、人間の会議は「AIの提案を読んで選ぶ場」に変わります。あなたの職場で、全員が同じことを言う会議に心当たりがあるなら、まずここから試してみてください。

組織: 各部署が自分のデータを持つ。

CC Companyのように、実際の部署構成をそのままAI社員に反映し、全部署を同時並行で動かします。チームとの違いは、各部署が自分のデータを持っていること。マーケ部にはアナリティクスデータ、営業部にはパイプライン情報、リサーチ部には市場調査の蓄積がある。データに裏付けられた提案が同時に出てくるので、「誰かの意見」ではなく「根拠のある選択肢」として経営判断に使えます。


コラム: 2回目のブレストは7分で終わったが、答えは耳が痛かった

v1→v3の改善で仕組みが固まった2日後、別のテーマで全社ブレストを実行しました。テーマは「ゴールに向けて、今やるべきことは何か」。今度は4部署ではなく、マーケティング・営業・コンサルティング・IT・クリエイティブ・リサーチの6部署を参加させました。

6部署が同時に動き始め、各部署がWeb検索で外部事例を探し、自分の専門分野から分析し、提案をまとめる。全部署のレポートが揃うまで、約7分。人間の会議なら半日かかる議題です。

しかし、出てきた答えは耳が痛いものでした。

6部署全員が、同じ構造的な問題を指摘したのです。 「記事から仕事の依頼につながる導線がない」「検索やプラットフォームで発見されない」「実績として見せられる事例がゼロ」。この時点で、noteに21本の記事を投稿していました。品質チェックも通し、スキ率も悪くない。でも、記事から仕事の依頼は1件もなかった。

もし秘書に「どうすれば仕事が来る?」と聞いていたら、「もっと良い記事を書きましょう」と返ってきたかもしれません。でも6部署が独立して分析した結果は違いました。「問題は記事の質ではなく、ファネル(読者が見つけて、読んで、依頼するまでの導線)の構造にある」。マーケ部はCTA(Call To Action:行動を促すボタンやリンク)がないことを指摘し、営業部は講師プラットフォームへの登録を提案し、コンサル部は「入口商品の90分診断が1回も実施されていない」と突いた。

堀(コンテンツの質)は深くなっていた。でも、その堀が外から見えていなかった。堀を掘る作業と、堀を見せる作業は、まったく別の仕事だったのです。

1人のAI社員に聞いていたら、この構造的な問題は見えなかったと思います。6部署が別々の角度から同じ穴を指摘した。その一致こそが、「これは本当に問題だ」という確信を与えてくれました。


LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)知識: なぜ「仕事の進め方」を変えるとAIの成果が劇的に上がるのか

この章で紹介した「提案の仕組み」には、AI研究の裏付けがあります。専門用語では「Agentic Workflow(エージェンティックワークフロー:AIが自律的に仕事を進める方式)」と呼ばれる考え方です。難しく聞こえますが、やっていることはシンプルです。

AIに一発で答えを出させるのではなく、人間と同じように「考えて、調べて、見直して、やり直す」プロセスを踏ませる。それだけで、結果が大きく変わります。

プロのライターでも、原稿を一発で完成させる人はいません。構成を考え、下書きを書き、読み返して修正し、誰かに見せてフィードバックをもらい、また直す。AIも同じで、繰り返しのプロセスを踏ませた方が、はるかに良い結果が出ます。

スタンフォード大学のアンドリュー・ン(Andrew Ng)教授は、この「仕事の進め方」を4つのパターンに整理しました。本書で実践してきたことと対応させると、こうなります。

つまり、本書で学んできたことは、すべてこの考え方の実践です。

「AIの賢さ」より「仕事の進め方」が大事という証拠

ン教授が示した、印象的なデータがあります。AIにプログラミングの問題を解かせたテストの結果です。

普通のAI(一発で答えを出す)
正答率
48.1%
高性能なAI(一発で答えを出す)
正答率
67.0%
普通のAI + 仕事の進め方を工夫
正答率
95.1%

注目してほしいのは3行目です。普通のAIでも、仕事の進め方を工夫するだけで、高性能なAIの一発回答を大幅に上回りました。

これは、「高いAIを買えば解決する」という話ではないということです。今あるAIの使い方を変える方が、はるかに大きな効果がある。 本書が「仕組み」にこだわる理由は、ここにあります。

ン教授はこう述べています。「仕事の進め方の工夫は、AIの頭脳そのものを良くするより大きな進歩を生むかもしれない」。難しい理論を知らなくても、「会社組織のように運営する」という発想で、自然にこの構造に到達できるのです。


まとめ